デス・オーバチュア
第34話「最強の攻撃VS最強の防御、矛盾の双子剣」



『やったね、ガイ』
「ああ……」
ガイは、真っ二つになっているイェソドに背中を向けると、歩き出そうとした。
その瞬間、イェソドの体が独りでに燃え出す。
イェソドの体を一瞬で灼き尽くした紅蓮の炎は、荒れ狂い、何かの形をとっていった。
炎が人の形を形成する。
荒れ狂う炎のような赤い長い髪、情熱的な赤い瞳、若く健康的な白い肌、スレンダーなボディスタイル、体にフィットした赤い衣を身に纏った十四歳ぐらいの少女。
「……ふう、死んだ死んだ〜」
外見と同じく若返った声でイェソドは言った。
「流石は化物だな、真っ二つにしたぐらいじゃ死なないか……」
「そうでもないですよ、一度は確かに死にました。でも、死……倒されただけ、滅ぼされたわけじゃないですからね。『力』……人間で言うところの生命力ですか?……が尽きるまで、何度でも肉体は再構築可能です」
イェソドの口調から気怠げで間延びした感じがなくなっている。
外見に相応しいさっぱりとした若々しい感じでイェソドは話を続けた。
「あんなたるんだ体じゃ、あなたの相手は無理だと思って、バトルスタイル……戦闘に適した体に創り変えたんだけど……ちょっと若返りすぎましたか?」
「ふん、でたらめな奴だな……」
「私達、悪魔にとっては、外見の年齢も性別もあってなきものですからね、意志のままに好きな形になれるんですよ。あ、でも、化けてるわけじゃないですからね、弄るのは年齢や性別だけで、この容姿はあくまで私個人のものです。私だから、美女で美少女なんですよ」
「…………」
「さあ、第二ラウンドの開始といきましょうか♪」
宣言と同時に、イェソドの姿がガイの視界から消える。
『ガイ、後ろ!』
姿なき声に従うように、というより剣が独りでに動いたように、背後に移動した。
そしてその剣にいきなり出現した赤く輝く『手』が激突する。
何かが溶けるような、高熱な物に水をぶっかけたような音が響いた。
「いい反応速度ですね。それに、私の灼熱の手に耐えるとは流石は神剣です」
イェソドは剣の背に突きつけている右手を引き戻すと、代わりに左手を突き出す。
「紅蓮炎舞!」
左手の掌から凄まじい紅蓮の炎が吐き出され、ガイを呑み込んだ。
「まだまだいきますよ!」
イェソドは上空に跳び上がる。
「紅蓮乱華(ぐれんらんか)!」
イェソドは両手を突き出すと、無数の火球を次々に、ガイを包み込んでいる炎に向けて、撃ちこんだ。
「とどめっ!」
イェソドは体中に炎を纏い、美しく舞う。
「紅蓮の不死鳥!」
イェソドは巨大な火の鳥と化すと、ガイを包み込む炎に向かって激突した。



「まったく、反則ですね、その神剣は……」
火の鳥から元の姿に戻ったイェソドが不満そうに呟く。
彼女の左頬には僅かに赤い線が走っていた。
イェソドは線から流れ出す赤い液体を指で拭う。
「ほう、悪魔でも血は赤いのか?」
ガイは無傷で立っていた。
もっとも、彼の周りの大地は業火や火球の直撃で焼け野原という言葉すら可愛いく思えるほどの凄惨な姿をさらしている。
「本当に文字通り、全ての力が無効なんですね」
「お前の炎がどれだけ強烈なのか知らないが、静寂の夜の前では全てが無意味だ」
「しかも、ついでに私の顔にまで傷をつけてくれましたね……」
「残念だ、そんなかすり傷しかつけられなかったとはな」
「…………」
イェソドが傷口を指で数度なぞると、最初から存在していなかったかのように綺麗に傷口が消え去っていた。
「流石は、十神剣最強の防御力を持つ静寂の夜といったところですね……このままだと炎がまったく通じない分、私の方が不利ですかね?」
イェソドはそう言いながらも焦った様子もなく落ち着き払っている。
「では、その不利をなくすとしましょう!」
イェソドは左手を空にかざした。
空に赤い光で巨大な魔法陣のようなものが描かれる。
「静寂の夜と対をなす、十神剣最強の攻撃力を持つ神剣、無垢なる黎明(イノセントドーン)よ、我との仮初めの契約の義務を今こそ果たせっ!」
天空に描かれた赤い魔法陣から赤い稲妻が大地に降った。



「はぁい、久し振り、アルテミス〜!」
赤い稲妻は深紅のメイド服の少女に姿を変えて大地に立っていた。
深紅のメイド服の少女ネメシスはとても明るく軽いノリで、ガイの持つ青銀色の剣に向けて挨拶をする。
「ホントなら、感動的な双子の姉妹の再会シーンを演じたいところなんだけど……これも剣としての性だよね」
そう言うと、ネメシスは背後のイェソドを振り向いた。
「第一段階倒されちゃったんだね、ジブリール様。でも、その姿の方が可愛くて、あたしは好きだな〜」
「再会したばかりの最愛の妹と斬り合ってもらいますよ。いいですね、ネメシス?」
「無問題。それがあたし達の性、定めだもの」
「では、いきますよ」
イェソドはネメシスに向けて左手を突き出す。
ネメシスは落ちてきた時と同じ赤い稲妻に転じた。
イェソドは左手で赤い稲妻をしっかりと掴む。
「荒れ狂え! 無垢なる黎明よ!」
イェソドは赤い稲妻を掴んだまま左手を振った。
『ガイ!』
「くっ!」
突然の強烈な衝撃がガイを吹き飛ばした。



それは『剣』と呼べるものなのだろうか?
血のように赤い深紅の巨大な大木。
イェソドの左手に握られている剣の柄からいくつもの巨大な木の枝のような刃が生えていた。
枝の一つ一つがイェソドよりも遥かに巨大、とてつもなく非常識な大きさ、本来、片手どころか両手だろうが持てるはずのないサイズの刃である。
いや、大の男数人がかりでも持てるはずがない巨大すぎる剣だった。
「基本的に無垢なる黎明は一対一用の武器ですが、ご覧の通り、一振りで一軍をまとめて薙ぎ払えるような化物剣です」
「……そのようだな」
ガイは静寂の夜を杖代わりにして立ち上がる。
静寂の夜で受け止めたにも関わらずとんでもない衝撃だった。
いきなり巨大な大木で殴り飛ばされたようなものである。
吹き飛ばされたガイは、いくつもの木をへし折ってやっと止まったのだった。
静寂の夜は炎だろうが水だろうがどんな属性の力だろうが『無効化』する。
だが、何の属性ももたない、ただの純粋な『力』だけは無効にはできなかった。
「次からはちゃんと『防御』さてもらう……」
「では、第二撃いきますよ!」
「無敵盾(イージスシールド)」
赤い大木の刃達がガイに向かって叩きつけられる。
しかし、今度はガイが吹き飛ばされることはなかった。
大木の刃は全て、ガイの直前の何もない空間で受け止められる。
「属性無き力は無効にはできない。だが、それならそれでただ防げばいい……それだけの話だ」
「不可視の壁……ミーティアの絶対障壁のようなものですか……」
「壁ではなく盾だ。では、次はこちらから行くぞ」
イェソドが瞬きした一瞬、ガイはその一瞬でイェソドの懐に移動していた。
「脆いな」
「なにが?」
ガイの呟きと共に枝分かれした刃達が崩れ落ちる。
「くっ……はっ!」
イェソドは残った刃……それでも充分巨大な刃でガイを薙ぎ払おうとした。
けれど、それよりも速くガイの無垢なる黎明がイェソドの銅を切り裂く。
「があぁっ!」
イェソドは右手の掌から紅蓮の炎を吐き出してガイを牽制しながら、後方に跳んで追撃を逃れた。
「確かに凄まじい攻撃力だ……凄まじく乱暴な攻撃力だな」
「つっ……」
イェソドは衣を切り裂かれ、赤い線の走っている銅を右手で押さえている。
「だが、そんな物が無垢なる黎明の本質ではあるまい。俺相手に、鞘に入れたまま戦うつもりか?」
「……重ね重ね失礼しました」
頬の傷と同じように、イェソドが右手で腹部の傷口をなぞると、傷口は綺麗に消え去った。
「この形態は凶暴なる黎明などと呼ばれる原因でもあり……雑魚を乱雑にまとめて薙ぎ払うためのもの……単純な威力こそでかいですが、こんな雑な切れ味と鈍足ではあなた相手には話になりませんよね」
イェソドは無垢なる黎明を振りかぶる。
「私の第一形態と同じで、手抜きなんですよ、要は。一体一体斬る手間を省くために、あんな馬鹿みたいなサイズと形になった。一振りで敵をまとめて倒すために……ですが、あなたが相手では本来の姿を見せるしかないようです……ね!」
イェソドは無垢なる黎明を地面に向かって全力で叩きつけた。
巨大な刃が無数の赤い破片となって飛び散る。
「これが無垢なる黎明の真の姿です」
イェソドの左手には、細く長い深紅の剣が握られていた。



両手剣よりも長い、2メートルを超す長剣。
それでいて、両手剣(トゥ・ハンド・ソード)といった大剣とは違い、片手剣(ショートソード)……それもレイピアやドレスソードといったもの以上に細い刃をしている。
そして、最大の特徴は長さでも細さでもなく、その薄さだ。
異常に薄い。
紙のように薄い刃をしていた。
「そんな紙のような刃の長剣が最強の攻撃力を持つ神剣だというのか?」
「ええ、そうですよ♪」
イェソドは楽しげに笑うと剣を振るう。
すると、剣の届く間合いの外にあるはずの大木が切り倒された。
「さて、では行きますよ……剣螺旋(ソード・スパイラル)!」
「ん!」
ガイは反射的に、攻撃を受けるのではなく、横に跳ぶ。
次の瞬間、ガイの立っていた場所の背後の大木が輪切りにされて崩れ落ちた。
「いい判断ですね。もし無敵盾とかで受けていたなら、そこで終わってましたよ」
そう言いながら、イェソドは剣を振るい続ける。
動き回るガイの周りの木々が次々に輪切りにされて崩れていった。
休むことなく動き続けながら、ガイは考える。
なぜ、『輪切り』なのかと。
一瞬で大木を何度も切りつけて輪切りで切り崩しているとは考えにくかった。
一太刀で、大木一本を均等に輪切りしているように見える。
そんなことが可能だろうか?
可能だとするならその方法は……。
「……受けてみるしかないか?」
「あはははっ!」
ガイは、イェソドの振り下ろした無垢なる黎明の刃に向かって、静寂の夜を斬りつけた。
奇妙な手応え。
「なっ?」
ガイの左肩から勢いよく血が噴き出していた。
「あははっ、そろそろ種が解ってきましたか?」
「……ああ、朧気だが見えてきた」
「それは何よりですね!」
イェソドは無垢なる黎明を振り下ろす。
ガイは先程と同じように左手で持った静寂の夜を無垢なる黎明の刃に叩きつけた。
前と同じ奇妙な手応え。
そして、何かが砕け散るような金属音が響いた。



「……そういうことか」
ガイはいつのまにか右手にも剣を持っていた。
右手から左肩に向けて構えた剣。
その剣の刃に赤い刃が突き刺さっていた。
「オリハルコン製の剣を容易く砕くか……いや、そんなことよりも、ふざけた攻撃をしてくれる……」
オリハルコンの剣を、いや、自分の左肩を狙ったものを凝視する。
赤い刃……無垢なる黎明は、交錯した静寂の夜を始点に、ガイの左腕に『絡み付い』ていた。
ガイの左手に絡み付きながらよじ登り、刃の先端はガイの左肩を再度貫くはずだったのだろう。
オリハルコンの剣が邪魔をしなければ……。
「剣と言うより鞭だな……どういう柔軟性をしている?」
「どんな武器よりも柔軟で、それでいてどんな武器よりも鋭利に、それが無垢なる黎明の開発コンセプトの一つです」
「絡み付く刃か……」
「私がどうやって大木を輪切りに切り分けたのか? もう解りましたね……こうやって剣を引く……とっ!」
イェソドは剣を引いた。
ガイの左腕が輪切りにされて崩壊する。
「料理には便利そうな神剣だな」
ガイは己の左腕が輪切りの肉片と大量の血に転じたというのに、平然とした表情で軽口をたたいた。
「種が解れば対処のしようがある……」
刃と刃を合わせる、つまり受け止めることはできない。
自在に伸縮し、柔軟に曲がることができる赤い刃は、交錯、接触した部分から絡み付いてくるのだ。
それは同時に、柔軟な赤い刃は断ち切ることも不可能ということである。
赤い刃は、その柔軟さで、全ての衝撃を、力を吸収してしまうのだ。
「次は残った右腕ですよ! 剣螺旋!」
イェソドが剣を振り下ろす。
受け止めることができないのなら、かわせばいいのだ。
ガイはそのことに気づいていながら、あえて、三度静寂の夜を迫り来る赤い刃と重ねる。
「右腕貰いまし……あやっ!?」
切り落とされたのはガイの右腕ではなく、イェソドの左腕だった。


















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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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